学部紹介

新しい制度での『進学振り分け』になって

    農学部評議員

    大学院農学生命科学研究科 山崎素直

 農学部では平成6年度から大学院の重点化を開始し、同時に学部における教育体制を従来の学科制から課程制に切り替えました。したがって昨年度(平成7年度)の進学振り分けが新制度発足の第1回となったわけですが、おかげさまで大変好評を得、定員300名のところ301名の進学生を迎えることができました。駒場の諸君の進学に対する真筆な気持ちを改めて確認するとともに、我々が進めてきた新制度の導入がタイムリーであったことを知り、ほっとすると同時に心から喜んでおります。もっとも皆さんから見てこの新制度が十分満足のいくものだったかどうか、また十分理解できたかどうか、心配な点もあります。従来の学科の読み換えとして判断された方もおられたかもしれません。ここでもうー度、課程制の内容を説明しておきましょう。

 表1に農学部の課程と専修の関係を示します。5つの課程が9類の実験・実習グループに分けられ、合計19の専修に分けられています。新しく導入された課程は応用生命科学、生物環境科学、生物生産科学、地域経済・資源科学、および獣医学の5課程で、それぞれ対応する類が縦に書かれています。一類から八類までをそれぞれ横に見たものが従来の学科に対応しています。一類は農業生物学、二類は農芸化学、三類は森林科学、四類は水産学、五類は農業経済学、六類は農業工学、七類は林産学、八類は獣医学となり、九類の国際開発農学専修は新設の専修です。地域経済・資源科学、および獣医学の2課程ほそれぞれ一課程で一つの類を構成しています。

 学科制では対象や方法によってグループ分けしていましたが、課程制では目的(生命、環境、生産など)に沿ったグループ分けをしたことになります。それでは横の組み合わせを縦の組に組み替えただけではないか、類はいらないではないか、という疑問があると思います。これは旧学科で組まれていた対象や方法に応じた実験や実習が極めてよく整備されており、新制度になってもこれをそのまま生かし、3学年の1年間を通してそれぞれ類別に実験や実習を履修するのが最も効果的と考えたからです。したがって新カリキュラムとして課程制を、実験・実習からは類を設け、合計19の専修が用意されたわけです。進学振り分けでは専修を進学単位として選んでいただきます。

 では何故、今、目的別再編(課程制)が必要となったか、この点を少し説明しましょう。

 先日、エンデバーから帰還した若田さんがテレビのインタビューで、「宇宙から見た地球はどうでしたか」という問に対し、「無限の可能性を秘めた神秘的な存在に感動した」と、答えておられました。確かに地球は様々な可能性を持っている惑星です。ロケットを飛ばし遥か上空から自分の住む地球を見つめることができること一つをとってみても、人間の持つ可能性、人間の様々な生き方を肯定してくれる地球は確かにすばらしい存在です。しかし、本当に無限でしょうか。とくに地球の資源やエネルギーに限ってみた場合はどうでしょうか。かつて人々は地球の資源やエネルギーは無限である、との考えが根底にあったからこそ無制限に資源を使った工業生産や経済活動ができたのだと思います。個人のレベルでも消費エネルギーの高さが生活水準のバロメーターであり、消費することに何ら危惧を抱くことなく、夢を見ながら生きていくことができたのです。

 ゴビ砂漠(正確には内モンゴルの砂漠地帯)を調査していた学者が、砂漠の中に木の切り株を発見しました。年輪を数えてみると二百数十本数えることができました。このことは二百数十年前には確かにこの木が茂っていたのであり、その時期に恐らく燃料として切られ、次々と伐採が行われ、その結果として砂漠化を誘起したものであることを示しました。砂漠化のみならず、現在の様々な地球環境の悪化も元を正せば人間活動の結果ということができます。地球全表面のわずか3割の陸地面積に56億人もの人間がひしめき合っており、その人間一人ひとりが消費するエネルギーを集計すると莫大なものになります。地球の再生産能力を上回る消費が行われれば、確実に荒廃がもたらされることになります。

 地球が持つ資源・エネルギーとして、外部からは太陽光があり、内部には化石燃料や原子力あるいは化学エネルギーなどがあります。このうち外部から供給されるのは太陽光エネルギーのみで、化石燃料などはいずれ枯渇することを考えねばなりません。

 その結果どうなるかは皆さんご存じの通りです。すさまじい生産活動が資源の枯渇をもたらし、さらに環境の荒廃を招きました。このような状況になって初めて人々は地球の資源やエネルギーは有限であること、また極度の荒廃は復元できないことにも気づき始めました。資源が無限であると考えるか、有限であると考えるか、それによって全く異なる生産活動の形態をとることになります。特に後者に基づく活動には厳しい制限があることを理解しなければなりません。

 限られたエネルギーを使い過ぎることなく有効に使うこと、これ以外に地球を長持ちさせる方法はありません。いずれ化石燃料が枯渇するとして、最も期待されるのは太陽光エネルギーです。しかし現在の技術では太陽電池など、固定できるエネルギーは全体の19%程度といわれています。最も効率的に太陽エネルギーを固定するのは植物です。植物は地球全体の生物の90%を占め、人間を含め動物や微生物の食糧として、また他のエネルギー源として、その固定量の大きさから最も重要な位置を占めています。植物のもう一つの大きな特長は、太陽エネルギーと水と栄養素が与えられれば、植物は炭酸ガスから有機物を再生産する炭酸固定能を持つ点で、この点が工業生産と大きく異なります。農学部が他の学部と異なるのは、こうした生物の本来的にもつ再生能力を生かしながら生産活動を行い、生態系を壊すことなく長期にわたる生産活動を視野に入れながら研究教育をしている点になるかと思います。これが持続的生物生産という考え方で、環境のもつ再生能力を破壊することなく、物質生産を行う唯一の道です。そのためには生物そのもののもつ生命の営みを本質的に理解していくことが不可欠です。

 このような理由から、応用生命科学、生物環境科学、生物生産科学の3つの課程が誕生したわけです。従来行われてきた植物、動物、微生物といった分け方もありますが、近年の分子生物学や遺伝生化学はこのようなわけ方にあまり意味を感じさせません。それよりむしろ、生命の基本的な共通する性質を生物種を越えて理解し、また逆に生物種それぞれの特殊性や多様性を理解することが可能になってきました。こうした新しい考え方をカリキュラムの中に取り込み、よりよい教育ができるよう考えられたのが課程制であるということができます。課程制の特色は、小さなものの見方や研究にこだわる人をつくろうというのではなく、生物全体を大きく捉え、それを役立てることのできる人を育てようとする点です。新しく設けた国際開発農学専修も地球規模での環境の修復と持続的生物生産を考えるための人材養成を目指しています。 諸君は、地球の破壊者としてではなく、病む地球の痛みを知り、それを救う立場から科学することを考えて下さい。よりよい再生系の構築は今すぐにも必要です。諸君の参加を心から期待しています。

表1.農学部の課程と専修の関係

実験・実習

グループ

課類
応用生物科学課程 生物環境科学課程 生物生産科学課程
地域経済・

資源科学課程

獣医学課程
一類 応用生物学専修 環境生物学専修 生産生物学専修
二類 応用生物科学専修 生物生産化学専修
三類 森林生命科学専修 森林環境科学専修 森林資源科学専修
四類 水圏生命科学専修 水圏環境科学専修 水圏生産科学専修 農業構造・

経営学専修

開発政策・

経済学専修

五類 地域環境工学専修 生産システム工学

専修

六類 材料・住科学専修 バイオマス化学

専修

七類
八類 獣医学専修
九類 国際開発農学専修
定員
70名
60名
90名
50名
30名

agc@park.itc.u-tokyo.ac.jp