体育学健康教育学科でやっていること

教育学部体育学健康教育学科

山本 義春

 体育学・健康教育学という研究分野は、本来的には、こどものからだの健全な発育のための働きかけや(体育)、健康な生活に不可欠な知識の教授(保健)といった、学校教育の必修科目と対応しています。とはいっても、過去の卒業生で実際に保健体育の教師になったヒトは数えるほどしかいません。それでは、他の大部分のヒトはどんなことをしているのか、以下で紹介していくことにしましょう。

 「健全な発育」、「健康な生活」とひとロにいっても、「明るいくらし」とか「幸せな家庭」とかいうキャッチフレーズのようで、何となく漠然としています。そこで、健全な発育とは何か、健康とは一体どういった状態を指すのか、こういった問いに答える努力が、体育学・健康教育学にはまず求められます。例えば、「健全な精神は健全な肉体に宿る」とかいう標語につられて、こどもに無理やり一流のスポーツ選手の行うようなトレーニングをさせたりした場合、障害をひき起こしやすく、健全とみなされません。発育状態を正しく評価する方法、発育の各段階でどのような身体資質が求められるか、それらをどのように測定するか、などについての研究が行われています。

 健康な生活を送るための「働きかけ」とは、どのようなものでしょうか? 近年では、高齢化社会の進行とともに生涯教育ということばも生まれ、学校以外の場でもこのような働きかけを行う必要がでてきました。中高年齢者に求められる健康・体力とはどのようなものか、そのための働きかけを行う場所・機会・方法等をどのように提供するか、なども、非常に今日的な課題といえます。

 「こころとからだ」の問題も、古くからの課題で、デカルトの「情念論」以来、近代科学全体にとっての大きな挑戦といえます。私たちの学科でも、「催眠や興奮剤の使用により筋出力が増強する」ことを明らかにした、世界中で注目された先駆的な業績を受け継ぎ、いわゆるスランプ時の身体運動能力の低下、運動療法によるある種の精神疾患の症状改善などの臨床的な事例を通じて、この問題に取り組んでいます。また、最近では、より直接的なアプローチとして、睡眠や精神負荷がからだに与える影響を調べています。

 スポーツが社会的関心を集め、その経済効果の規模も大きくなった今日、スポーツの社会科学的側面についての研究が求められています。Jリーグはなぜあれほど急激に人気を博したのか、地域社会やこどもへの影響は? などの課題に取り組んでいます。

 以上は、現在進行中の研究テーマの一部ですが、これ以外にも、日本のトップアスリートたちの体力やトレーニング法についても、30年以上にわたって研究してきています。体育学・健康教育学科が、1)保健教育・体育科教育の枠組みに限定されない研究活動を行っていること、2)文系・理系といった一種の方法論的な分類にとらわれず、現実的な問題の追及に重点を置いていること、などが分ってもらえたと思います。特に2)については、毎年の進学生が、結果的に文理半数ずつになっていることに起因するのかも知れません。

 卒業生の進路はまちまちですが、約半数はそのまま大学院に進学するようです。スポーツのビッグビジネス化を反映してか、最近では放送関係や広告関係の会社に就職する学生も増えてきました。将来の職種にかかわらず、バランスのとれた知識を待った社会人を生み出すことが、大きな教育の目標です。

 余談になりますが、本年度の進学希望生から、「運動部に入っていないし、どちらかというとスポーツが苦手なのですが、それでも良いのですか?」という質問を受けました。一応、「そのようなヒトに、生涯にわたって健康なこころやからだを作って欲しいと思ってやっているのだから、むしろ君のようなヒトの方が資質があるかも知れないね」と答えておきました。


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