―化学のフロンティア―応用化学

       工学部応用化学科

       (次年度)学科長  藤嶋 昭

 工学部での化学系進学コースには化学・生命系があります。平成5年度までは化学・生命系は、「分子物性工学」、「化学システム工学」、「生命工学」の三つの進学コースから構成されていました。平成6年度からはこれらのコースが再編成され、「応用化学」、「化学システム工学」、「化学生命工学」になります。これは工学部の大学院重点化に伴い、学問領域の近い研究室の集合に再編成するためです。つまりこれまでの三コースがたんに名称を変えたわけではなく、全く新しい枠組みで進学コースを作り直しました。

 応用化学とはその中でいったいどのような学問を研究する所なのでしょうか。応用化学という名称は昔からあり、一見古くさいイメージを持つ諸君もいるかと思います。しかし、現実は全く異なります。学問の進展は諸君の想像よりほるかに急速です。化学はかなりの部分が経験に支えられ、知識の詰め込みと、単調な実験の繰り返し(トライアンドエラー)により研究が進められるといった考えは今や完全に払拭すべきです。現代の化学は物質の世界を解明し、物質を理論的にデザインすることから始めるのです。環境、エネルギー、情報といった人類的課題を解決していくための原理を追及し、先導的な働きをする学問、すなわち、フロンティア化学とでも表現すべき新しい工学部での化学、それが応用化学なのです。

 応用化学は今どこまで進歩したのでしょうか。応用化学はこれまで、工学、生物学、環境科学など広範な分野と深く結びつき、協調、競合しながら発展してきました。現在ではレーザー光により単一の原子を固定し、直接計測する、トンネル顕微鏡により固体表面の原子を移動させ、原子・分子レベルの微細な素子を作るなど、従来は全くの夢であった原子・分子の大きさでの設計、操作、解析なども可能になってきました。またコンピュータの高速化に伴い、複雑な化学現象を完全に理論的に解明することも可能となりつつあります。

 工学部と理学部どこが同じでどこが違うのでしょうか。理工系と言うように「理」「工」はときにはまとめて、法文系と対比されます。ですから「理」と「工」は同類と考えられることがあるわけです。しかし「理」と「工」は確かに何かが違っています。「理」と「工」は同じであって違うのです。同じであるところは、共に自然科学を基盤としているところです。しかし研究対象、そして研究目的となると少々差が出てきます。「理」の研究対象は主として自然界にあるものです。自然界に存在する万物の構造、運動、性質を支配する原理は何であるかを探るのが「科学」です。これに対し、「工」では、探った原理、解明した物質がどのように社会と関わるかについて意識的にあるいは潜在意識に考えながら教育研究を進めています。そこには「科学」だけではなく「工学」が入ってきます。例えば、作って使った物質が、不用となった時、環境への影響を正確に評価して処理する手法を開発する必要を「工」では重視します。常に社会を意識しながら「科学」し、「工学」に昇華させるのです。

 研究室では具体的には何を研究しているのでしょうか。応用化学は現在11の研究室で構成されています。この中には環境浄化触媒、資源循環や炭酸ガスの再資源化などの地球環境問題に真正面から取り組んでいる研究室や、太陽エネルギー変換や超伝導材料といったエネルギー問題を研究している研究室、インテリジェント材料やナノスケール粒子といった機能性材料を設計、合成している研究室、レーザー利用計測や超ミクロ計測などを開発している研究室、量子化学により理論的に化学を学問している研究室などがあります。

 以上のように応用化学は工学としての化学のフロンティアを拓くため、新しく構成された進学コースです。新しい学問はときに厳しく、また非常に楽しいものです。我々は常に世界を相手に研究上で競争しています。応用化学では4月末から5月にかけて、駒場で数回の講演会を予定しています。是非参加して下さい。科学の楽しさを感じてもらえると確信しています。


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